ショスタコーヴィチ 交響曲全曲完聴記(その9)

今週は第13番 変ロ短調 作品113 「バビ・ヤール」
演奏は例のごとくバルシャイ指揮のWDRシンフォニー・オーケストラ。

第11番、第12番で革命讃歌とでも表現したいようないかにもソ連政府の喜びそうなシンフォニーを発表した次にきたのは人種問題を扱ったものでした。
表面的には人種差別はないとしていたソ連の暗部であるユダヤ人問題をエトフェシェンコという詩人が書いたテキストを持ち込み、バス独唱と男声合唱も動員したカンタータ風の作品。
そのため歌詞の改変要求をはじめとした政府の圧力などゴタゴタがあったものの、1962年12月に初演されました。

第1楽章  バビ・ヤール
「バビ・ヤール」とはキエフ近郊の地域の名前で、ウクライナに進行したナチス・ドイツ軍がそこにユダヤ人をはじめとしていわゆる《アーリア人》から見ると排除すべき対象とされた人種を大量殺害した場所だそうです。
冒頭から重苦しい低弦が抑圧された音を出して暗くて、不気味で、恐怖も感じます。ショスタコーヴィチマニアの大好物な楽章なんじゃないかぁ〜?
バス独唱も野太い声で合唱とやるせない怒りと告発を歌っていて、ファシスト=ナチスだけじゃないことを示唆しています。でも、詩がアンネ・フランク云々から自分はユダヤ人では無いと言ってみたり訳分かりません。

第2楽章  ユーモア
前の楽章を忘れたようにひょうげた明るく活発な音楽で、その裏には風刺や皮肉が効いおり、街のあちらこちらで市民たちがお喋りを交わしている横でヴァイオリンやクラリネットを奏でている音楽師がいるような絵が浮かんできます。ここはリヒャルト・シュトラウスのティル・オイレンシュピーゲルが頭をかすめる場面のように感じます。

第3楽章  商店で
再びアダージョに戻って、品物が無い商店前に寒さに震え行列をつくる主婦たちを描いている。確かにこういった風景を小さい頃、ソ連のニュース映像で見かけて不思議に見えたことを思い出しました。
寒さに震える様子を描いているのか、カスタネットの乾いた響きが執拗に繰り返されるところが不気味であります。
でも詩人本人はその女性たちを横目に見つつ、そのぼったくり商店から、ペリメニ(ロシア風ギョウザ=当時のロシアのファストフードみたいなもの)を買っていく。それに対する後ろめたさかー行列する主婦を「女神」と讃えつつも自分(詩人)はそんな苦労はしていない。
アタッカで次の楽章へー

第4楽章  恐怖
低音➕チューバで闇黒の世界をつくっていき、歌詞もロシアの密告社会・恐怖政治を警戒していた事を描き出していくのかと思いきや、妻との会話が恐怖だとか、自分(詩人=エトフェシェンコ自身)が気を抜いて詩を書く事が恐怖だとかのたまわっている ーなんじゃコリャ⁇の詩であります。
音楽はラルゴで今までのモチーフを使ってドラマティックなところもあるのに残念。この歌詞自体、シンフォニー作曲に併せて何作か書いたひとつで、その中から採用されたそうで、きっとしっかりと練って仕上げてないのでしょう。

第5楽章  立身出世
前楽章からアタッカで始まるーショスタコーヴィチ得意の楽章間をアタッカで繋ぐ手法ーフルートが呑気なテーマをピロピロと吹いているとそれにつられたように弦楽器もそのテーマを引き継ぎます。マーラーの交響曲第4番にも似た出世=ソ連政府のもとではしないほうがマシと言っているような毒や棘が感じられます。しかし、ユダヤ人迫害を告発していた第1楽章から最終楽章にきて立身出世とは、、、なんともまとまりのない歌詞を60分間きいてきた果てがこれじゃぁ徒労感が増します。中間部ではショスタコーヴィチロンドとでも名付けたいフーガから発展していく所はいいです。

第11・12番では革命というテーマに基づき全体の統一を図ろうとしたのに比べ、第13番はあまりにもバラツキが ー 交響詩、カンタータとして一人立ちできるような第1楽章、第2楽章、第5楽章の風刺、毒の効かせ方もなかなかヨイ 、、、でも全曲となるとー私にはまだ難しい作品です。

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