フランス・ブリュッヘンさん追悼

8月13日、オランダの指揮者フランス・ブリュッヘンさんが亡くなりました。
そこで今週のこのブログは彼を偲ぶ回にしたいと思います。
1934年生まれなので79年の生涯だったことになります。指揮者は80歳を超えて現役という方がいるのでもう少し生きてほしかったです。。。

彼はリコーダー奏者としてデビューしてちょっとチャチに見られがちなこの楽器の地位向上に大きく貢献したそうです。私は彼が指揮者に転向してからしか知らないので、現役時代、ニコラウス・アーノンクールやグスタフ・レオンハルトといった古楽演奏家の第一世代の人たちと残した様々な録音できいたのみですが。

1981年にはオリジナル楽器による「18世紀オーケストラ」を創設しました。
この団体は1年間に2,3回、本拠地アムステルダムに各地から固定メンバーが集結。リハーサルをして世界演奏旅行に出発し、帰国後のコンサートをライヴ収録したものを活動記録のようにしてディスク化して発表をしていました。
その演奏旅行で毎日繰り返し演奏しても飽きない『傑作のみ』をとりあげるとブリュッヘン自身が述べていて、名前のとおりバッハ~ハイドン~モーツァルト~初期・中期のベートーヴェンあたりが創設時の中心レパートリーでした。

他の同業者(ホグウッド、ガーディナー、ノリントン、アーノンクールetc)がベートーヴェン、ベルリオーズ、ブラームス果てはワーグナーやブルックナーあたりまでレパートリーを急速に拡大している状況に背を向けるように、限られたレパートリー繰り返し取り組む姿がストイックで「音楽の求道者」みたいで「カッコイイ」と思いました。全盛期の90年代にきいた演奏はどれも手垢のついたスコアをきれいさっぱり洗濯をしたようにきこえたので、今世紀に入ってからのやや守りにはいったような演奏をきいた時は、想い出の女性に久し振りに再会したら容姿がすごく変化していた―みたいな寂しい思いをしましたが―

彼の生演奏には3回接することができましたが、当時まだ音楽を詳しくきき取る耳を持っていないにもかかわらず、その体験は強く残っています。

*初めてきいた時のベートーヴェンの序曲「コリオラン」の切り裂くような冒頭和音。同じ日のアンコール、モーツァルトの歌劇「魔笛」序曲のムクムク沸き立って躍動的に動きまわる音。

1回めの時のコンサート・チラシ
終演後いただいたサイン
(モーツァルト:リンツ・シンフォニーのスコアへ)

*次のコンサートできいたモーツァルトのフルートとハープのための協奏曲―電灯じゃない、大きいサロンのロウソクの炎に煌めくシャンデリアのもとに集う貴族たちの衣擦れがきこえてくる画が目に浮かぶような響きでした。

2回めの時のコンサート・パンフレット


コンサート・チラシ


3回めの機会はベートーヴェンの交響曲第9番でした。第1楽章ホルンの空虚5音がクッキリきこえてくることに驚き、第2主題が出てくるときのテヌートがロマンティックでした。

演奏会チラシ
演奏会パンフレット
予習用にきいていたCDにサインをいただきました。

私がブリュッヘンの指揮に魅力を感じていたのは、オリジナル楽器演奏家にありがちな復古的、学究的な堅苦しい―まるでTVとかラジオの放送大学の講義みたいに、語っている教授自体が面白くて喋っているのかしら?ただ、自分の研究成果の発表の場になっているようなものではなくて、リズムに弾力性があって曲の解釈に対する強い意志がヒシヒシと伝わってくるところです。そして、前述のベートーヴェンの第9シンフォニーできかせてくれるチョットロマンティックな表現もあったりと常に新鮮に音楽と出会えることです。

そういったブリュッヘンを想いながらお気に入りベスト・スリーをあげると―

(1)モーツァルト:交響曲第38番ニ長調K.504「プラハ」


後期交響曲で唯一メヌエット楽章を持たない特殊な作品なのですが、その作風はとても緻密な構造であることを教えてくれます。特に第1楽章で様々なテーマが並列して進行するところの立体感と緊張感にゾクゾクします(録音:1988年)


(2)メンデルスゾーン:交響曲第3番イ短調作品56「スコットランド」


私の大好きなメンデルスゾーンの交響曲。ほの暗い響きと古き時代への憧れや懐かしみを思わせるセンチメンタルな気分も同居している彼らしい音楽が、ブリュッヘンの音楽性とよく合っていると思います。まるでスコットランドが「霊場」になったような響きがきこえてきます(録音:1994年)
また、カップリングされている序曲「フィンガルの洞窟」も北国の荒れ狂う波と冷気が吹きすさび、才能・生活に恵まれたメンデルスゾーンの心の中には孤独や虚しさがあったのだろうということが伝わってくる名演です。

(3)18世紀オーケストラ 10周年記念ガラ・コンサート


1991年に創立10周年を記念して行われたコンサートのライヴ盤です。
オペラの序曲、シンフォニーから楽章単位で取り出したりというアンコール・ピース集です。
どの曲もこのオーケストラのエッセンスが詰まっているのですが、1曲めと最後に演奏されたJ.Sバッハのコラール「汝なにを悲しまんとするや」BWV107~「主よ、許したまえ、われ汝の御栄をば」では滑らかに美しいメロディーが奏され、オリジナル楽器のよさが出ていて気品のあるバッハが1分ほどの曲からきく事ができます。あと、シューベルトの「ロザムンデ」間奏曲やロッシーニの「アルジェのイタリア女」序曲もいいですが、メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」の終楽章サルタレロでは熱気と同時に「狂」を意識します。

 
*番外編 モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491

「現代オーケストラからはシンセサイザーの音がする」というような趣旨の発言をしていたブリュッヘンも90年代くらいから少しづつ現代オーケストラへの客演を始めましたが、要は演奏家の音楽性の差で同じオーケストラを指揮しても小澤征爾やバレンボイムなどのベートーヴェンなんかとカルロス・クライバーやブリュッヘン、アーノンクールの演奏をきき比べたら後者の方がはるかに多彩で強烈なインパクトがあることを自らが証明してくれた場でもあります。

この演奏は1993年のザルツブルク・モーツァルト週間にウィーン・フィル!を指揮したという珍しいコンサートのNHK-FMで放送されたエアチェック・テープ音源です。
ソロはアルフレート・ブレンデル。演目は他にベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番と得意なハイドンの交響曲第99番というそれぞれ関係があって影響し合った、特にベートーヴェンのコンチェルトはモーツァルトのそれから影響を受けているといわれているハ短調を取り上げているという見事なプログラムです。
第1楽章の暗く、重々しい空気、時折光が差すように木管が入ってくるときのニュアンス!多弁せず淡々と弾かれるピアノ。
第2楽章は寂しく、でもモーツァルトらしいやさしさに溢れたメロディーをピアノと指揮者が共に紡ぎ出してくるような感じです。
第3楽章、語りかけるようにテーマが提示され、そのあまり速すぎないテンポであっても弾力性の失われないリズム。おだやかでウットリきき惚れる中間部から後半、そしてクライマックスへ向かってテンポ・アップしながらの盛り上がりが緊迫感があって、その変化ある演奏が素晴らしいです。

ブリュッヘンさん、私はあなたのおかげでオリジナル楽器の魅力を教えてもらい、音楽を演奏するという強い意欲と追求心のある姿勢に深く尊敬いたします。

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