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ブログの引越し

本ブログは以下のブログに引越しをしております。 音楽枕草子 (hatenablog.com) 以前投稿した記事もアーカイブとして随時新ブログに移行中です。 ご興味のある方はお立ち寄りいただければ幸いです。

年末蔵ざらえ2022

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  毎年作曲家のアニヴァーサリー・イヤーとして、生誕〇〇年とか没後〇〇年なんてやって演奏会やCDを発売しますが、ここ数年は例の「意地悪ウィルス」のせいで大規模な催し物もできなくなってしまいました。それで一番割を食った作曲家と言えばベートーヴェンではないでしょうか?  本来であれば、2020年は生誕250年として賑々しく演奏会やイベント、販売業界では大きなボックスセットでも販売して・・・等々、近年のクラシック音楽業界の起爆剤となってもらうべく、御大に控えていただいていたと思いますが、出番もなく過ぎてしまいました。。。  ここのところ社会情勢の変化に伴い、演奏家もきき手も多様化し、CDや演奏会では無く、動画配信やダウンロードサービスを発信側(演奏家)・受け手(きき手)どちらも利用するので、時代を問わず数多くの音楽を一瞬できけるようになり―それはそれで便利ですが、その為、愛好家総評論家時代となりました。以前は評論家推薦盤とか、名曲・名盤選なんてのを頼りに1枚1枚ディスク購入の参考にしていた時代は過去のものとなり、好きな音楽を、好きなだけ、好きな時に、なので、バッハならマタイ受難曲、リヒター盤とかベートーヴェンの第9ならフルトヴェングラーのバイロイト盤などと言っている時代は過去となりました。  それによりベートーヴェンもすっかりご無沙汰だったので、ここでクラシック音楽界の御大に登場いただき、演奏会とかCDとかの恩恵に与りたかったのですが残念でした。しかし、それを埋め合わすに十分な、ジョルディ・サヴァール指揮によるベートーヴェン交響曲全集が完結しました(オーケストラはもちろん手兵のル・コンセール・デ・ナシオン)  第1巻が2第1~5番まで、第2巻が第6番~第9番まで。録音は第1番の2019年から第9番の2021年まで2年かかっています。ベートーヴェン生誕250年に向けた演奏会プロジェクトと連動した録音であると思いますが、世界情勢の変化により、プロジェクトにも影響があり、演奏会・録音そして販売までに苦労があったものと思います。  たしか、この演奏会はNHK-FMの海外の演奏会紹介で放送された記憶があります。  仕事の帰り道のカーラジオや、自宅で少しか耳にできなかったのですが、「エロイカ」などは「やけにティンパニが張り切っているな、アドリブみたい」とか「ビートの効いた弦楽...

都響スペシャル マーラー「大地の歌」

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エリアフ・インバル指揮による東京都交響楽団の演奏会に出掛けました。 2017年7月16日 日曜日 14時 1.マーラー 交響詩「葬礼」 2.マーラー 交響曲「大地の歌」 まず、 交響詩「葬礼 」 第1番よりも先に交響曲として着手したものの放置され、交響曲第1番の後に交響詩として発表された作品(もっとも第1番も最初に表に出た時は「花の章」を持つ5楽章の交響詩だったのだが) この辺のマーラーがオーケストラの分野で交響曲or交響詩で迷いがあった時期だったのでしょうが、それはまた別の機会に考えてみたいです。 作品自体は交響曲第2番「復活」第1楽章のプロトタイプと言ってもよくて実演では滅多にきけないーその割にディスクは意外とあって、私は若杉弘さんがこのオーケストラと90年代にマーラー・チクルスで第2番の第1楽章をこの「葬礼」ヴァージョンでライヴレコーディングしたものをきいていて、この作品をナマできけると期待していました。 冒頭から空気を切り裂くような殺気と熱を帯びた響きが全体を支配して、キリッと引き締まる所や美しい音色に耳が引き寄せられます。途中ワーグナーの楽劇「ジークフリート」を思わせるフシが出てくるのですが、そこでの輝かしく、安定した響きも印象に残りました。 第1番がベートーヴェンの第9番シンフォニーの影響下にモヤモヤスタートなのに対して、こちらは力強くトレモロの引き裂くようなインパクト抜群のモチーフからスタートします。ここがビシッとキマるかキマらないかでデキが違ってきますが、当然ここできけた演奏は見事であります。その後に出てくる木管による第1主題も含めてスキがありません。 全曲にマーラーのシンフォニーにある泣き、喜び、美しいメロディー、グロテスクな面が約20分の交響詩に入っており、場面ごとの表現の切替が大変であると思いますが、、インバルの速めのタクトの下に音楽が停滞せずにダイナミックに進んでいきます。 この作品は交響詩から交響曲に改作するにあたり、手が加えられたそうですが、私はその詳細を何処がどう、ここがこう、と言える程の自信がありませんが、決して交響曲第2番の第1楽章を抜き出して演奏してみましたというものではなくーこれはきく側にも「どうせ交響曲第2番の第1楽章でしょ」という意識を裏切るものであったと思います。ひとつの独立した楽曲と...

久しぶりの・・・

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本当に何年ぶりだろう「レコード芸術」を購入するのは! 創刊800号記念付録として創刊号の復刻版付きという宣伝につられてフト買ってしまいました。 確か前にもこういった特集があったな〜と思って過去の「レコード芸術」を漁ってみるとー以前は3、4年分を丸々保管してありましたが、いつの間にか気になった記事のみスクラップするようになり、そのうち保存期間がだんだん短くなって読んだ翌月には残っているのは紙ペラになり、ついには吉田秀和さんの寄稿時しか購入しなくなり、吉田秀和さんの追悼号以降はお世話になっているディスクショップで斜め読みする程度でしたー 話がそれましたがー創刊600号でも昔の記事の抜粋をやってましたー 結局読んでみて思ったのはーまだパラパラとページをめくってみたところですがー頑なまでの旧態依然とした構成に逆の意味で感心してしまいました。 ある意味で品格を守っているつもりかも知れませんが、ネットで情報を調べて簡単にディスクが手に入る現在、この雑誌を読んでどれだけの方が有意義に感じたり、クラシック音楽好きになるのかとっても疑問です。きっと読者には高齢化の波が押し寄せ発行部数は下がっているのでは? そのための値上げ→発行部数低下という負のサイクルに陥っていると思っています。 そしての今回は800号記念として高齢〜中高年な読者(自分もその対象 笑)向けのクラシック音楽が高尚な教養だった時代の回顧していてはこの雑誌の先は暗い=クラシック音楽の先も暗いと改めて感じながら表紙を見ています。

身辺雑記〜コンサートチケット購入

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エリアフ・インバル指揮東京都交響楽団〜都響スペシャルのコンサートチケットを購入しました。 曲目は「大地の歌」をメインに交響曲第2番「復活」の第1楽章のプロトタイプである交響詩「葬礼」 滅多にきけない作品と大好きな「大地の歌」!これは!!と当家の財務長官を説得して予算獲得となりました(^。^) *「葬礼」は90年に若杉弘指揮東京都交響楽団他のマーラーチクルスにおける交響曲第2番「復活」第1楽章「葬礼」版のサントリーホールライブ盤くらいでしかきいたことが無いので興味があります。

鈴木雅明&バッハ・コレギウム・ジャパン〜ベートーヴェンのミサ・ソレムニス演奏会

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ベートーヴェン ミサ・ソレムニス 鈴木 雅明指揮 バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏会に行って来ました! 一生のうちに生できいておきたい曲のひとつでしっかりきき込んでーアーノンクールの二種、カラヤン、クレンペラーで予習しましたー キリエ冒頭から緊張感がはしり、たくさん演奏してきたような手馴れた感があり、さすがバッハの声楽曲をはじめバロックを中心とした作品を手掛けてきた団体だなぁと感心してしまいました。 そしてテキストがハッキリききとれるのも前記と同様の事が理由となっているのではないでしょうか。そしてキリエのニ長調で始まる響きをきいた時、一瞬ハイドン!と頭を過ぎりましたましたーベートーヴェン自身もこの大規模な作品を書くのにあたり、バッハ、ヘンデルからハイドン、モーツァルトなどの先人や同時代の作品に見習い、学び、研究して臨んだのでは?と思いました。 そしてオーケストラがフォルテで鳴る時の激しさと熱気!柔らかなハーモニー!一瞬たりとも気の抜けない演奏に耳と目がステージに集中しっぱなしでした。 ベネディクティクトゥスではコンサート・マスターの寺神戸亮さんが立ち上がり、まるでヴァイオリン・ソナタのような見事なソロをきかせてくれました。録音ではなかなかバランスの関係か上手くきこえないオルガンも存在感がありましたーこれは3階席という場所のせいかも知れませんがー 4人のソリストも申し分ない歌唱であり張りと伸びやかな声に魅せられました。 アーノンクールのように歌唱とオーケストラに関連性がある事を意識させる演奏で、初演された時は難解で聴衆が理解できなかったと伝えられているが、確かにこのダイナミック・レンジと急緩の入れ替わりをきかされれば、理解の前にドギモを抜かれたのではないだろうか?現代の我々はこの作品を理解する耳や知識を植え付けられていますが、それでも初演時の衝撃やベートーヴェンの耳の中ではこんなサウンドが響いていたのかな〜という感じを受けました。特に録音みたいにバランス調整がなされていないライヴだからこそ隠れてしまうようなフレーズがヒョコっと顔を出して、こんなきこえ方もあるんだと気がついたリ、ティンパニや金管楽器の生々しいダイレクトな響きが印象的でした。ピリオド楽器で適正編成なのが、カラヤンのように大編成、倍管編成の音響と壮麗さで圧倒するわけでなく...

身辺雑記〜コンサート チケット購入

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バッハのカンタータ全曲&録音を成し遂げたバッハ・コレギウム・ジャパンによるベートーヴェンのミサ・ソレムニスの演奏会がある事を知りチケットを購入しました。いよいよレパートリーをベートーヴェンまで広げてきて興味があります。 2017年2月3日  19:00開演 会場  東京オペラシティ  コンサートホール PS  先日、お世話になっているディスクショップに行ったら地元のコンサートホールでバッハ・コレギウム・ジャパンのマタイ受難曲演奏会のポスターが掲示されていました。見た瞬間こちらも行きたい!と思いましたが・・・我が家の財務長官の承認を得られる自信がありません。。。

ニコラウス・アーノンクールさん追悼〜2016年振り返り

 今回は2016年にきいたディスクから印象に残ったものからー何といってもショックなのがニコラウス・アーノンクールさんの逝去です(3月5日)未だにそれを引きずっていて、このブログで何度か追悼の投稿しようとしましたが、思い止まっていました。  私が音楽をきき始めた90年代、NHK−FMの海外コンサートでウィーン・コンツェントゥス・ムジクスからベルリン・フィルやウィーン・フィル、コンセルトヘボウ・オーケストラ、ヨーロッパ室内管弦楽団などに客演したものがよく放送されていて、それらをエア・チェックしてきいていました。まだろくに音楽をきく耳を持たなかったにも関わらず、目を覚まさせるような響きをコーフンしてきいたことを思い出します。 ハイドン〜モーツァルト〜ベートーヴェン〜シューベルトの古典派からロマン派の楽曲はそれらの演奏で刷り込まれたといっても過言ではないです。そのために今でも他の演奏をきくと物足りないことを感じるこがありますが、、、 残っているエア・チェックの中でも最後の来日公演となったバッハのロ短調ミサ曲の素晴らしさ!実演をきいてみたくも叶えられなかった残念な思い出と共にあります。  ディスクではここ数年、減少傾向を辿るこの業界にあっても意欲的に新録音を発表出来たのは珍しい事ではないでしょうか? モーツァルトの後期三大シンフォニー、ヘンデル=モーツァルト編曲のオラトリオ、ラン・ランとのモーツァルトのピアノ・コンチェルト・・・もっともこれはソリストの人選ミスという演奏でしたが・・・ また、このブログでもアップしたモーツァルトの「ポストホルン・セレナード」と「ハフナー・シンフォニー」ーそして追悼盤になってしまったベートーヴェンの第4番と第5番シンフォニーにミサ・ソレムニス  高齢な指揮者が陥るようなルーティンワークにならずー彼の場合はそんな事は想像できなかったですがーでも、神から自分に与えられている年月を知っていたのか、レパートリーは本当にやりたいものに絞ってー彼には珍しくよく知られた作品の再録音が多かった事は、解釈への自信と手兵コンツェントゥス・ムジクスと音楽を創り出す時間を楽しんでいたようにも思われますが、それにアーノンクールというアーティストが一時期のキワモノ扱いから、巨匠扱いの指揮者になってワガママを言える身分になった事もあるのではないでしょうか? ...

松本交響楽団 第74回定期演奏会

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今回も地元オーケストラ応援のため定期演奏会に出掛けました。 同伴者は小学3年生の息子。 program 1.ウェーバー  歌劇「アブ・ハッサン」序曲 2.フォーレ  組曲「ペレアスとメリザンド」 休憩 3.チャイコフスキー  交響曲第4番 ヘ短調 作品36 ウェーバーといえばもっぱらオペラ「魔弾の射手」か「オベロン」序曲くらいしかきいた記憶がないので改めてカラヤン盤で予習しておいたーそれが裏目にーこういったショーピースを贅沢にきかせたカラヤン&ベルリン・フィルで一気呵成に仕上げた演奏の後では何やらもぞもぞ始まったかと思ったらただ一生懸命にリズムを刻むのに精一杯といった印象。。。次のフォーレもピンとくるところが無かった…それにハープをキーボードで代用してるのも興醒め…でも例の「シシリエンヌ」ではフルートソロなかなかでした! チャイコフスキーはなんともバランスがいびつでオーケストラにブラスバンドが闖入してきたみたいで、チャイコフスキーをきいているときに感じるなんとも言えない気恥ずかしさが少なかった。でも木管楽器群は健闘していて、耳を魅かれる瞬間がありました。 フレージングにタメがあったーこれは指揮の丸山嘉夫さんの意図か、オーケストラの技術的な問題でそうしているのか不明ですがー昔、ソ連の指揮者、スヴェトラーノフなどがやった再現かと思いました。 コンサートマスターの三溝さんをはじめ、楽員の皆さんが真摯に音楽に向かい、情熱をもって弾く姿は、プロの仕事としてこなしている演奏に触れる事が多い自分には心に残る所もありました。 ちなみにチャイコフスキーの交響曲第4番はクレンペラーとチェリビダッケ盤が個人的お気に入りです。 前回の演奏会感想記に書いたチラシをポリエチレン袋に入れての大量配布による雑音発生について今回はやめていた事が良かったです!キチンと聞いている人が多かったと思う。 それにしても久しぶりの投稿(ー ー;)

松本交響楽団 第73回定期演奏会

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新居への引越し&ネットを引かなかったので更新がご無沙汰になってました。 ザ・ハーモニーホール会館30周年演奏会として松本交響楽団をきいてきました。 プログラム ・ドヴォルザーク チェロ協奏曲 ロ短調 作品104 ・ベートーヴェン 交響曲第5番 ハ短調 作品67 チェロ独奏はスロヴェニア出身のルドヴィート・カンタさん 指揮は常任の丸山嘉夫さんです。 このオーケストラについては既に色々書いているので今日はマイナス面は少なめにーみんな一生懸命弾いてるのは分かるけど、もう少し周りの音もききましょう。ホルンはもっといや、相当ガンバレ! チェロ群は少ないコントラバス群の分まで支えて大健闘していました。 また、ティンパニ奏者も存在感がありバランスよい音量でオーケストラの音色を際立たせようとしていました。 またアンコールはベートーヴェンの序曲レオノーレ!という5番シンフォニーの後のアンコールにしてはかなり難儀な曲ですが一番の熱演でした。 総督到着を告げるトランペットを舞台裏で吹かせ、2回めの時はやや近めで吹き近づいていたような立体感、ミスなく伸びやかな音でした。 あと、5番シンフォニーの終楽章の終止部でタメをつくっていて面白かったです。また、テンポもアマチュアオーケストラにしてはけっこうなもので推進力と熱気をもたらす丸山さんの指揮でした。 最後になりますがカンタさんのチェロは真っ当なきかせどころを心得ていると感じました。 ココからは今回の演奏会で一番感じたこと‼︎ 聴衆のマナーの悪さ!きっと普段音楽に触れることのない連中、というより気の回らない人ばっかし。 プログラムと一緒に大量のチラシがポリエチレンに入っていたのですがー個人的にはこのチラシ要りません!プログラム渡す時に欲しい人だけに渡すとか、出入口付近に置いておき場内アナウンスの時に案内するとか考えて欲しい。一番は音の出るポリエチレン袋はやめて下さい。自分の席の真後ろのジジイは演奏会の間ずっとパリパリ、チャリチャリ…殺意を覚えました( T_T)\(^-^ )他の奴らも演奏中にプログラム出して見るたびにカサカサ・カサカサ…殺意がふつふつと…そしてたくさんのチラシなんだから滑り落ちることくらい分かるはずなのに床にばらま...

今週の1曲(36)~ブラームス:哀悼の歌(悲歌)

今週ご紹介する作品はブラームスの合唱曲 「哀悼の歌」(悲歌)作品82 です。 友人でもある画家、ヘンリエッテ・ フォイエルバッハの死去に際してその追悼として1880年~1881年作曲され彼の母親に捧げられました。 シラーのギリシャ神話の「オルフェオの冥府下り」や美少年アドニス、トロイア戦争で死んだアキレスの母親の嘆きといった「死」に関するエピソードをベースに作られた詩が格調高く、フォイエルバッハの生涯は芸術家として不屈・不変のものとして描いているようです。 冒頭、 「Auch das Schone mus sterben (美しきものとして滅びねばならぬ!)      Das Menschen und Gotter bezwinget (それこそが人々と神々の支配する掟)」 と歌われるカッコイイ詩と音楽に美しすぎて息をのみます! 終わりの 「 Auch ein Klagelied zu sein im Mund der Geliebten ist herrlich(愛する者の口より出ずる 嘆きの歌は素晴らしいものだ)」 を繰り返して曲を感動的に、しかも悲しみを乗り越えるように力強く、名残惜しげに曲を閉じていくところが崇高な感じで最高です。 題名が「哀悼の歌」とあり「死」を描いているのですが、美しくロマンティックな音楽に甘美さがあってブラームスはシブ~イというイメージですが、根っこのところはやっぱりロマン派の作曲家なんだなぁと実感する作品です。 《Disc》 もっぱらマーラー指揮者という印象の ジュゼッペ・シノーポリ が チェコ・フィルハーモニー管弦楽団、プラハ・フィルハーモニー合唱団 を指揮したディスクは繊細な表現が素晴らしいです。あと、FMできいた ティーレマン が ベルリン・フィル を振った演奏も力強さといった面ではとてもよかったと思いました。

中山七里著「おやすみラフマニノフ」を読んで

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クラシック音楽とミステリーを絡めた小説でデビュー作である「さよならドビュッシー」そして「さよならドビュッシー 前奏曲」を以前読んでミステリーというよりはかなりライトなもので音楽小説という傾向が強いもので面白く読みました。   内容は音楽大学の厳重管理の保管庫から時価2億円のストラディヴァリウスのチェロが盗難に遭うという事件を発端に様々なことが起きていきます。 今回もデビュー作から登場している岬洋介という人物が探偵となり事件を解決に導きます。 ミステリーという面から読むとチェロ盗難のトリックはやや強引であったり、まとまりの無いオーケストラがしだいにまとまっていくくだりはマンガ「のだめカンタービレ」にダブったり、オーケストラのチューニングがヴァイオリンから始めるとか、オーケストラの金管・木管楽器の配置について首を傾げる描写などがあったりと雑念が入りますが、謎解きを楽しむというよりは登場人物の成長、所々で語られる言葉が印象に残ります。そしてなんといってもこの本はクラシック音楽を文章として読ませるということでは一番面白いです。 物語の最初に出てくるベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」の演奏シーン、パガニーニの「24のカプリース」や集中豪雨の中、避難所の体育館でチャイコフスキーにヴァイオリン協奏曲、物語のクライマックスで演奏されるラフマニノフのピアノ協奏曲第2番では音楽描写と登場人物の心情表現の両立が見事です。 難しい言い回しや複雑なテロップが無いぶん、文学としてみたもの足りないですが、クラシック音楽ファンなら音楽の演奏場面だけでも読んでみると良くきき込んでいる作品でも改めてきいてみたくなります。 作品のあちこちで語られる言葉には作者から読者へのメッセージが込められているようで、例えば56ページでは音楽家を目指す学生のアルバイト先であるとんかつ屋の親爺さんが音楽を職業とする難しさを述べる所は楽器を習わしている親子に、86ページでは就職活動を全敗した女子大生が愚痴るところは学生のみではなく正規雇用で働けない若者たちにも読ませてあげたいです。 331ページで出てくる「音楽は職業ではない。生き方なのだ」というくだりは七里さんがこの作品を通じて一番伝えたかった事のように思われ、この方は作風からはあまり感じられませんが熱い心の持ち主なのでし...

今週の1曲(35)~テレマン:12の幻想曲(無伴奏ソロ・ヴァイオリンのための)

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皆さんは ゲオルク・フィリップ・テレマン (1681~1767)に対する認識はどんなものでしょうか? J.S.バッハよりも4歳年長で、なお17年も長生きした彼は20歳そこそこでアイゼナハの宮廷楽長から教会務めを経てハンブルクの街の音楽監督として過ごした時期に代表作と言われる「ターフェルムジーク」や協奏曲などの数々を残しています。また、そういった作品を出版して収入を得るといったビジネスの才能もあって、当時はドイツの地方都市の楽長でしかなかったバッハに比べることもできないくらいの名声と人気を誇っていたそうです。 作風は表現がストレートで長調では明るさと温かさ、時にはジョークを交えつつ、短調ではマジメな顔つきでとメリハリがはっきりしています。技巧的なところやきれいなメロディーもあるので才能が豊かであったことは確かで、 休日の朝のひと時や精神衛生上からもふさわしい音楽でしょう。 でも、ここまでテレマンの作品が残ってきたのは新しい感覚を身に付けていた人で、特に晩年はドイツの文学運動から派生した「シュトゥム・ウント・ドラング」の時代でありましたが、そういうものには染まらず、バッハの息子たち―フリーデマンやエマヌエルなど前古典派のような響きにも似ています。 しかし、私にとってはテレマンが大作曲家なのかビミョーな位置にいます。一般でもこのオリジナル楽器演奏氾濫のなかそれなりに演奏もされ、ディスクの数もあるのにバッハやヘンデル並みの扱いではないと思います。 それは彼があまりににも多くの曲を書きすぎたということに尽きるのではないでしょうか? その数4,000曲!オペラや声楽曲、器楽曲、室内楽曲、オーケストラ組曲、そして当時あった楽器の全ての組み合わせで書いたんじゃないかと思われるコンチェルトの数々! 例えばソロコンチェルトはもちろん、二重奏以上の合奏協奏曲もヴァイオリン、フルート、リコーダーあたりの組み合わせは普通で、3本のオーボエやホルンのためのもの、確か3本のトランペットにオーボエだったかフルートが加わり、ティンパニも入るコンチェルトを目にしたことがあります(未聴ですが音量的にはかなりにぎやかというかグロテスクな感じが漂ってきそうです・・・) そんな子だくさん?なテレマンから 独奏ヴァイオリンのための12のファンタジー(幻想曲)  をご紹介します。 ...

新居建築Vol.6~身辺雑記

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15日金曜日に無事上棟式が終了。 シートが張られてよく中が見えなかったのですが今日入ってみて床板が完成して、バスルーム、電気関係の配管・配線はほぼ終了していました。 小さい家なのに過剰なほど耐震の備えがしっかりしていることにびっくり! 狭い柱の間に筋違をつけ、柱のほとんどにボルトや金具が取り付けられていました。 式の終了後、家の真ん中の屋根裏に神様が取り付けられました。 より安心になったような気持ちになりました。 特別に足場を昇らせてもらい屋根の上までいきましたが、高所恐怖症の私は怖かった~風が強いので足場が揺れ余計に怖い。降りようとすると下から妻も昇ってくるし・・・写真を撮ってもらいましたが、速く降りたくてしょうがなかった・・・自分でもわかるくらい顔が引きつって、唇が乾燥していました。 でも、見晴らしは最高でした!(よく見るゆとりはありませんでしたが。。。)

新居建築Vol.5~身辺雑記

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GWが終わった6日と7日で上棟が終わりました。 作業現場を見ていましたが見る見るうちに柱から張りまで組まれていく様子を見て職人さんたちの仕事ぶりに感嘆してしまいました。 高いうえで柱の上に立ち作業をしている姿を見て高所恐怖症の私にはできない仕事だと思いました。。。  これが「いの一番」といわれる柱で先日ブログに書いた暗号みたいなものの正体で、 「いの一番に駆けつけるの」語源にもなっている一番最初に建てる柱だそうです。 上棟が終わってシートをまかれた状態、ここからは見た目には分りにくい地味な作業が続くらしいです。 職人さんたちにとっても上棟は一番華々しく見せ場らしく、会社総出で取り掛かっていて、現場監督自身も職人さんたちに交じって作業している姿を見て、好きなことを仕事にしている人の姿は素晴らしいと感じ、改めて建設会社の皆さんに信頼感が湧きました!! 私自身、この建設会社さんとの出会いが家をつくるきっかけを与えてくれたので感謝です。

新居建築Vol.4~身辺雑記

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GW前に足場が組まれて資材も搬入されていました。 5月6日にはいよいよ上棟がスタートして本格的に家の形になってきそうです。   足場の組まれた状態       搬入された材木。  「又ぬ2」とか意味の不明な文字が書いてありましたが 専門家が見るとどこの柱かわかるんでしょうねぇ~スゴイ!

わくわくキッズコンサート感想記~inザ・ハーモニーホール

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先日、息子を児童センターに迎えに行った時に 「わくわくキッズコンサート(こころにホットコンサート)」 なるヴァイオリンとピアノのデュオ・コンサートのチラシを見かけどんなものか出掛けました(入場無料ということもあったので) 於:2015年5月5日(火曜日)10:00~松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール) 第2回とあり、前年のこの時期にも開催したそうで、他にも病院や介護施設、児童施設などあちこちで開催しているみたいで、会場でもらったチラシを見たら第1718回!となっていました。 演奏者はヴァイオリンは 牛山正博さん 。地元アマチュア・オーケストラの代表を務め、音楽教室を持ち教育活動もされているので以前から知ってはいましたが、ソリストとしてきくのは初めてでした。 ピアノは 野田あゆ子さん 。私の実家の隣村に「野田ピアノ教室」というのがあると思ったら、そこの先生でした。ヴァイオリンも弾かれるそうで、その師匠が牛山さんになるので師弟共演とでもいうものでした。 プログラムはクラシックから唱歌、ディズニーやジブリの音楽と幅広く薄く気軽に、普段は決してクラシック音楽のコンサートに行かない様な人を主に対象にしたようなものだったので、乳幼児からその親、そして牛山さんの友人・知人?教え子も来ていたのではないでしょうか? 演奏については・・・こういったコンサートなので置いておいて、主に感想について書きたいと思います。 ヴィヴァルディの協奏曲集「四季」~「春」の第1楽章 が弾かれたのですが、今ではオリジナル楽器の個性的な奏者、ファビオ・ビオンディやエンリコ・オノフリまたジュリアーノ・カルミニョーラなどをきいたしまった耳には(と言ってもここ何年もこの作品はご無沙汰していますが。。。)箱庭的自然風景のようにきこえて、「四季」をイ・ムジチ合奏団とともに大ヒットさせたカール・ミュンヒンガーの指揮のもとバルヒェットがソロを弾いていた演奏が頭の中を過りました。 ベートーヴェンの「スプリング・ソナタ」からの第1楽章 もキチン、キチンと今日は少なくなりましたが、デパートの贈答用包装紙に包まれたお中元(お歳暮でもいいケド・・・)を頂いた感覚―良く言うと律儀、でも時代とのギャップを受けるものでした。 そういった意味では一番違和感なくきけたのが 「おぼろ月」 と 滝廉太...

今週の1曲(34)~ストラヴィンスキー:バレエ「プルチネルラ」組曲

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バレエ「火の鳥」(1910)、「ペトルーシュカ」(1911)、「春の祭典」(1913)で頂点を迎えた前衛的で野心作を次々と発表していってトンガッテいたストラヴィンスキーが第1次世界大戦以降、突如180度回れ右をしてシンプルで明快な古典主義時代といわれる作風に入った第1作がこのバレエ「プルチネルラ」です。 音楽自体の元はストラヴィンスキーのオリジナルというわけではなくて、イタリア・バロック時代の作曲家ペルゴレージの曲に基づき―他にも今では名前も忘れられて演奏されることもないバロック時代の作曲家の作品からもアイデアを借用されているそうです。しかし、どの曲が誰の作品かなどと気にしないでも十分楽しめます。私ももちろん知りません。 俗に三大バレエと呼ばれる先の3曲「火の鳥」・「ペトルーシュカ」・「春の祭典」も名曲ですが、私個人としてはストラヴィンスキーの曲をきくとなったらこの「プルチネルラ」や「ミューズの神を率いるアポロ」・「妖精の口づけ」といった新古典主義の頃の作品を取り出すことが多いです。 「プルチネルラ」は例の「春の祭典」などと同じくディアギレフから依頼されたのですが、最初は乗り気ではなかったのですが、ペルゴレージなどの作品に触れることにより新しい芸術の作風を模索していた両者の利害が次第に一致していき生まれたものです。 全8曲からなるこの組曲は前奏曲から快いリズムと晴々とした、気分浮き立つ音楽が始まります。 躍動的なリズムとイタリア・バロックの太陽の光を浴びたような明るさ、どことなく影もあったり、午後の昼下がりから夕暮れの画が思い浮かぶような陰影のある旋律もあり、難しいことをゴチャゴチャ考えずにきける作品です。 しかし、そこはストラヴインスキー!あちらこちらに新しい響きや不協和音がきこえてきてききてを飽きさせません! どのような振り付けだったのか気になるくらい速くて踊れそうもない第4曲のタランテラ。 第7曲ヴィーヴォではトロンボーン&コントラバスによる珍しい二重奏は少し不気味でブラック・ユーモアのようにもきこえます。 第8曲フィナーレの鳥が羽を広げ大空に舞いあがっていく様な盛り上がりも素晴らしいです。 どの曲も短くて、簡潔なので俳諧の世界観にも通じるようです。 【Disc】 古楽器演奏のスペシャリストから活動の幅を広げていった2003年...

インバル&都響によるマーラーの交響曲第9番

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昨年3月東京芸術劇場で生演奏をきいてきたエリアフ・インバル指揮による東京都交響楽団によるマーラーの交響曲第9番のライブ録音のディスクが発売されたのできいてみました(Octavia Records) インバル&都響による「新・マーラー・ツィクルス」は毎回ディスクになってきたのですが、あまりにも高額(1枚約税込3,500円弱!)なのとあまり新譜を追いかけてきいていく習慣がないのでなかなか手が出ませんでした。しかし、今回せっかく実演をきいてきたのだから、あの圧倒的な印象をうけた体験をもう一度できるかな?と思いながら行きつけのディスクショップへ注文したのでした(ご店主いわくこのレーベルのディスクは買い取り制のため受注販売をしているそうです) 演奏は私がきいた東京芸術劇場のみだけでなく、翌日の横浜公演、その翌日のサントリー・ホールでの3公演からのテイクが使われている様ですが、もちろんそれがどれなのかはききわける耳は持ち合わせていませんが実演での記憶がよみがえってきました! 第1楽章の張りつめた空気からしだいに熱を帯びて、嘆きが描き出されていきます。インバルの演奏は気迫が込められていて―時々オーケストラを激励するような唸り声も入っていて、実演でもきこえていましたがマイクセッティング上からもこちらの方がリアルにきこえてきて、これが嫌だという方と、熱気が伝わってきていいという方がいるかも知れません。 マーラーがこのシンフォニーを書いていた時の心境まで伝えてくれるような息苦しくなるような緊張感があります。しかし、ただそういった感情表現ばっかし重視の演奏ではなくて、磨き上げられた金属的なツヤツヤして冷たい肌触りもあります。 感情表現をバリバリ出す演奏の代表といえばバーンスタインを筆頭にテンシュテットやベルティーニ、そしてシノーポリあたりがマーラー好きな方にはよく知られています。そして精緻な演奏といえばラトルやアバド、ブーレーズあたりが浮かびますが、インバルの演奏はそのどちらかに極端に傾くわけではなく両者のバランスが見事にとれていて、でも中途半端では決して無いのが 多くの方の支持を集めることになっているのではないでしょうか? そういった面ではマーラーの作品が演奏会でも多く取り上げられるようになって40年から30年くらいのあいだ様々な解釈や演奏がなされてきた完成...

新居建築Vol.3~身辺雑記

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基礎工事が始まったようなので現場まで子供と歩いて行ってきました。     こうやって見ると元からそれほど大きくない家がもっと小さく見えるのですが・・・連休明けには棟上げになるそうです。